キャンプスタッフの訪問

健太の留学

規律ある集団は見ていて気持ちがいい

その場をくみ取り小声で短く応答

今の会話を、シルビアが逐一通訳していたので、大佐も大尉も驚きを隠さず
「院長、私たちは十分時間がありますが、若し救助して頂いた人たちに、会えるのなら合わして頂ければ大変ありがたいのですが」と、大佐が提案してきた。

「用向きが、プライベートの話のようですが、予めお聞きしましょうか?」と、総務部長が話すと
「そうですね、では今わかる範囲でマイクと先生方のお話を聞かせてください」と、院長が仕切る。
「カーク、メモを取っておいてください」
「はいわかりました」と、若い下士官が短く返事する。
「シルビアもお願いしますよ、あ~マイクも居たか」
「それでは、ウエル大佐、質問形式でご質問ごとにお答えして行きますか?」と、院長が大佐に問いかけると、ジェームス大尉が、
「分かりました、タイムラインで事故を再現する形で、マイクから聞きますか?」と、代わった。

(さくらとチューリップ)

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佐々木総務部長が
「カルルスの人たちが来ているか確認して置きます」と、立ち上がった。院長が
「大佐も、ここは大尉に任せて、先に会ってみますか?」と、立ち上がった。ウエル大佐も
「そうですね、その方たちが重要な証言者になる訳ですから、お会いして置きますか」と、立ち上がる
「分かる範囲を、最大漏らさず記録しておいてくれ」と、大佐も総務部長に続いて外にでる。

桧原さんの車は3時前に病院に着き、桧原さん夫妻に健太・千治祖父さん・和田先生の5人が職員用の入り口から入って、病室に行こうとしたら、ナースセンターの前で婦長が顔を出して、
「あらっ、マイクさんは今会議中だけど、お約束?」と、聞いて来た。和田先生が
「2~3日前に約束したんだが、どこに居るの」と、いつもの婦長と違うなと感じたが
「院長の応接室ですが・・・」と、後を濁した。

カルルスの皆はのんびりと見舞いに

院内で将校たちに会いビックリ仰天

「少し、待って見ようか」と、和田先生が歩き出すと、ナースセンターの電話が鳴り、
「アッ、ただいまお着きになりました、はい 分かりました」と、若い看護婦が
「婦長、カルルスの方々を院長室にご案内するように、と言う言付けです」
「そう~丁度良かった、お聞きの通りです、誰かご案内して」と、室内を見回し松浦さんと目が合った
「はい、私が行きます」と、松浦さんがにこにこしながら、出てきた。歩きながら
「松浦さん、何か変だなあ~、院長が我々に用事があるのかなあ~」と、和田先生が気になるので松浦さんに声をかけたが、
「良く分からないですが、お客さんが来ております」と、詳しくは話さない。
何か知っているようだが、毅然として先頭を歩いてゆく。院長室のドアをノックしながら
「カルルスの皆さんを、ご案内してきました」と、ドアを開けた。
院長室には、院長とウエル大佐が同時に立ち上がり、
「はい、どうぞお入りください」と、5人は何だろうと思いながら、オズオズと入ると、
「松浦さん、みなさんにお茶をお願いします」と、院長が
「はい、分かりました」と、松浦さんが出てゆく。
「皆さん、この方がマイクの上官でウエル大佐です」と紹介した。

「リチャードと言います、突然、押しかけて大変申し訳ありません。もう一度私たちを助けてください」と、丁寧に頭を下げる礼をした。
「事故の詳細を聞きたいと言う事で、お出でになり、今、隣でマイクが事故当時のことを聞き取り調査をして居るところです」と、続いて院長が通訳した。
5人は、まだ内容が把握しきれず、みんなも頭を下げた。院長が、みんなをソファを進めるので座ったが、和田先生と院長・大佐は脇の椅子を持ち出して、座った。

院長が、皆を英語で紹介し大佐に顔を向けた。大佐が立つ気配を院長が右手で制して、
「軍の書類に、皆さんのご協力部分を詳しく記入しなかったので、本国から詳細を添付するように要請され、今日こうして押しかけてきました。マイクを助けて頂きながらお礼もしないで、こちらの都合でお話を蒸し返す事は大変失礼ですが、お願いします」と、言って会釈をしながら院長が通訳

「この少年ですか?桧原健太君は」と、大佐が傍まで来て右手をだした。健太も慌てて立ち上がり右手を出し
「桧原健太です」と、握手をしながら、思わず頭を下げた。皆もホットした顔になり笑顔になった。

和田先生が祖父さんを見てうなずく

祖父は、流暢な英語で経過報告

「詳細の説明は千治さんが、英語に強いのでお願いします」と、祖父を指名した。
祖父は、桧原さんを見ながら、立ち上がり掛けると、院長が手を出してそのままと言うので、座ったままで、桧原夫妻と健太が養子になった経緯を話、事故の時に和田先生のお蔭で、早い処置ができた事を説明、健太は自分の孫だが、娘夫婦の死去で桧原さんのお世話になって居ること。
自分は、10代で船員学校に入り、オランダの貨客船の船員になり、船医の手伝いの経験が今回役に立ったようです。
孫の健太は出来過ぎた孫で、12歳ですが体も精神も私の子供時代と比べようがありません。
流暢な英語を聞いた桧原のお母さんは、驚いままで口を開けたままだったが、大佐も髭もじゃらのお祖父さんが分かりやすく話して呉れたので、おお助かり。
院長も、こんなに有能な人がカルルスの山奥で、日雇い作業しているとは信じられなかった。

その時、人数分のコーヒーをのせたワゴンを押しながら、松浦さんと若い看護婦が入って来た。院長が、みんなにコーヒーを進めながら
「隣を見てきます」と、出て行っ。其の時、大佐が松浦を見つめ

「あっこれは失礼しました、この間電話でお話したのは貴女ですか?」と、大佐がが自分の娘を見るように、松浦さんを愛しそうに眺めている。松浦も最初から気が付いていた様で
「I was very sorry the other day.」と、素直に頭を下げて挨拶した。そこに院長とマイクと2人で戻ってきた。

「アレッ松浦さんどうしたの?」と、院長が声を大きくした。大佐が、そのいきさつを話しながら笑う。
「なーるほど、和田さんから聞きましたよ」と、納得顔に。マイクが
「皆さん、お忙し所来ていただき有難うございます」と、頭を下げた。

大佐と、院長が席を外そうと立ち上がったが、マイクは
「プライベートなことですが、近いうちに大佐にもお伝えしようと考えて居ましたので、差支えがなければ聞いてください」と、英語で話してお祖父さんに顔を向けた。

お祖父さんは、みんなに通訳して院長や大佐が同席しても良いでしょうか?と聞くと
「良いですよ」と、皆が返事をした。
「健太君をアメリカに留学する支援をしたいので、ご検討して頂いておりました」と、日本語で話す
院長が、小声で通訳して伝えると、
「えっ、マイク本当の話か?」と、大佐が驚き、院長は
「う~ん」と、唸っていたがにっこりした。

「驚いたなあ、中々大胆な発想だなあ~」と、大佐は感心して院長の顔を見ている。
「マイクさん、隣が女房の紗智子です」と、養父が養母を紹介した。
「家では最初、全員が反対でした。私は翌日冷静に考えてみると、周りが決めるのではなく本人の意思が一番大事なことに気づきました」と、養父。
「女房も私が気づいた頃に、同じように気づき、和田先生が心配して来て頂き、お互いに言い出せ無くていたことが分かりました、そのあとは、札幌の娘たちに電話して、自分が賛成する側になったことを、丁寧に話し全員に賛成を貰いました」
「それは良かったなあ~マイク」と、院長が喜んで大佐に通訳してくれた。
「マイク、君は日本で良い巡りあいが有ったんだなあ~」と、大佐がしんみりした顔になった。
和田先生が、
「我々は、今回の巡り合わせを大事にして、いい関係を続けよう」と、話して、留学の件が目出度く、了承を得、一件落着になった。
千治お祖父さんと健太が、隣の部屋に移り救出劇を、再演しながら話すことになった。
マイクは院長室に残り、桧原夫妻と自分の計画を丁寧に話、お礼を言った。
事情聴取のような話し合いは、夕方5時頃までかかったが、大佐たちは希望通りの資料が出来そうなので、院長や整形外科部長に丁寧に挨拶して帰って行った。