ジープ救出ツアー

ヒーロー誕生

輸送車が止まった場所は両側が

根曲がり竹の密生地

オロフレ街道は、未舗装で春先は降雪の影響で、側溝が崩れ道路が寸断、補修工事で『峠開き』が予定通りに開通出来ないことが度々。
輸送車が止まったのはオロフレ街道の峠寄りで、左側を見下ろすと30メートル位の岩場で、その下に根曲り竹の密生地が続く。右は、下の景色と変わらないのだろうが、生育がいいのか2-3メートルの竹林だ。2台の車から降りた7人の内、一人を除いて6人は不審な顔で突っ立ている。

「千治さん、道を間違えたのか?~」と、岩井さんがきく。
「うーん、ここですよ」と言いながら、腰の鉈をを抜いて歩き出した。
さすが、軍人の2人と手伝いの2人は無口で後ろに続く。祖父は、右に左に鉈を振るいながら、進む。和田先生と、岩井さんも後を追うが、うまく進まない。祖父が振り返って、
「竹林に、正面から当たったら前に進めませんよ、このように正面じゃなく体の脇に除けるようにすれば、うまく歩けますよ」と、教えるが一回でうまくはいかない。
作業を想定している4人は、軍手をはめて両手を前に出しながら、竹林を泳ぐようにして付いてくる。

(根曲がり竹)

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終戦後復興の木材供給

国有林伐採の貯木場

岩井さんが
「アッ分かった、ここは昔の原木の貯木場だ」と、気づく。
終戦後、復興用の木材不足で国有林から、エゾ松やトドマツの伐りだしが行われ、この辺に貯木場があった。運送業者や、営林署の作業員がカルルス温泉の旅館を宿舎にしていたので、温泉も結構繁盛していたことを思い出した。

原生林は、火山灰の上に、植物が腐葉土化して肥沃な、土壌に生まれ変わった。道南地方は降雪が多く、チシマササの変種と言われる根曲り竹が、夏の間に伸びた部分を、重い雪で半年近く押しつぶされて、根が曲がってしまう。
その繰り返しで、獣道さえ見えなくなり、ヒグマは根曲がり竹のタケノコが好物で出没するが、クマさんも歩きやすい竹林のの切れ目や、川筋や岩場の続く比較的動きやすい場所が、危険地帯である。

そういえば、登別温泉の地獄谷に、国定の「天然記念物登別原始林」の石碑があるが、この辺も含まれるのだろうか?先日運び込んだ状態で、破けたシートに覆われ、祖父が、シートをはがすと無残な姿で現れた。

みんなが
「おおっと」と、声を出した。
「これで、生還したのは不思議なくらいだね」と、和田先生。
「逆さまに落ちたんだー」と、岩井さん。
「少尉は、衝突の直後に体が空を飛んで居たと言ったが、乗っていたらダメだったな」と、K軍曹がつぶやいた。
「落ちたところが、根曲り竹の曲がったベットだったから、あのくらいで済んだのかもね」と、祖父が
「じゃー、下の担架の棒を持ち上げて、運ぼうか」と、英語でもう一度言いながら、自分も手を貸しながら持ち上げた。

祖父は、全体のバランスを確認して先に回り、鉈で先ほどより多く竹を切りながら先導する。
やはり幅があるから、中々進まない。
和田先生と岩井さんも手を貸して、30分くらいかかって道路にでた。みんな、へとへとだ。
K軍曹が気を取り直したように、このまま斜めに立ててて呉れと言う。
運転席の脇から、カメラを持ち出し裏側を記録するらしい。
みんなで、よいしょと掛け声をかけ持ち上げると、簡単に裏側が見えた。
ワイヤーの三分の一くらい刃物で切られていた。K軍曹はアップにしたり、後ろに下がったり10枚くらい撮った。自然に切れたのは2-3本で、明らかに陰湿な工作があったのだ。ジープは、シートをかけられたので、ジープがのっていることは誰も気付かない。
K軍曹は、さらに周りの景色や、根曲がり竹の密生部分を撮って助手席にのる。

車は、少し峠側に進んで、道路わきの待避場で方向転換をして、カルルス温泉に向かう。

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K軍曹たちは温泉付きのランチを楽しむ

祖父と岩井さん和田先生は記者発表会へ

岩井旅館に着いて、手足を洗って参加した7名全員が、15畳くらいの広間に用意されたランチのテーブルについた。旅館の2人は、遠慮して台所に行こうとしたが、岩井さんが
「君たちのお蔭で上手くいったのだから、一緒に食べなさい」と、座らせた。
祖父が
「この間から、岩井屋さんの出前で飢えをしのいだのですが、今日はさらに豪華なランチを用意して頂き、有難うございます、皆さん今日はご苦労様です、それでは、いただきます』と、食事が始まった。
祖父が食事をしながら、
「K軍曹、何時までに帰ればいいの?」と、聞くと
「時間は、決めていませんが夕方までは帰ります」と、答えた。
「それじゃ、温泉で汗を流す時間はありそうだね」と、言うと岩井さんが
「そうだ、外風呂もいいだろうし、内風呂もあるのでゆっくりしなさい」
「タオルとかは、用意してあるから・・・」と岩井さん。

祖父が通訳すると、マタマタ大喜びで英語でワイワイ言っている。
「私と先生は健太が帰ってきたら、病院の記者発表に行くので、2人はゆっくりしなさい」と英語で伝え
「岩井さん、2人の事をお願いできますか?」
「そうだ、私も参加していかな?お二人の面倒はこの2人か番頭さんに頼みます」と、ご主人も登別温泉に行きたいようだ。祖父は
「岩井屋さんも関係者だから、当然参加OKでしょう~」と、祖父が請けあった。
「桧原さんも行くかもしれないので、どちらかの車を出していただけますか?」
「はい、私が運転して桧原さん宅に行きますよ」と、話が付いた。

ジープは無事じゃなく、形が崩れた鉄の塊となったが、偽装したブレーキ部分が確認できる形で部隊に返した。K軍曹たちは、先ほどの旅館の若い人が付きっきりで、外湯の共同浴場で汗を流し、温泉で癒された後は、部屋のソファで昼寝をして3時ごろ、カルルスを出発した。