友情は金では買えぬが誠実な行為は信頼を得る


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米軍の副司令官

優しいまなざし

「こんな静かな環境を、後世に残しておきたいですね」と、お互いに通じるものがあった。

祖父は時間が自由なので、T大佐は友人として訪ねてくると何日でも付き会い、主に狩猟だが根曲がり竹のタケノコ採りもつきあった。事故に遭った部隊の責任者が、余程上手に報告したのだろうが、信頼関係は国とか人種とかは関係なく続きT大佐がが本国に帰還するとき、奥さん同伴で温泉に遊びに来てくれた。

(すずらん水仙)

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辺鄙な湯治場で日米親交

日本の僻地の温泉で、親友が出来奥さんにも紹介しなくちゃ心残りになると、二人で1週間の逗留だった。宿泊は旅館だが、外出は祖父が付き添い、オロフレ峠のお花畑や登別温泉など、心置きなく楽しんでくれた。祖父が英語を話せ温厚な性格で、お互いに好感を持てたようだ。T大佐の奥さんも、静かな日本人的な方で、いつも笑顔で声高には話さず、桧原家の隣に借りていた小さなうちにも顔を出して、祖母とも会って居たようだ。

当時祖父の家は海岸近くの竹原にあり、祖母サキノさんと健太の母になる千代さんはいつも留守番で、偶然にもこのころ家族3人がカルルス来て同居していたのだ。何かのはずみで、祖父が家にいる家族の事を話、T大佐の奥さんが是非お家族に会いたいと言う事になり、夫妻が小さな家に来ることになったのだ。それは上を下にの大騒ぎだったらしいが

「日本のファミリーと、親しく話し合えたのは幸運でした、是非アメリカにも行って遊びに寄って欲しい」と、祖母の右手を両手で抱きしめてくれたようだ。その様子をT大佐はにこにこしながら眺め、
「ワイフが、こんなに打ち解けて来れるなんて想像して居なかったよ」と、小声で祖父に告げたようだった。

最後のころは、ほとんど狩りはせず、散策を楽しんで居たようだ。

戦後の復興途上の日本が気がかりで、帰国直前輸送車に缶詰やワイン・毛布など今でも珍しいものを、たくさん届けてくれた。祖父も、長持ちしない食品は、桧原家や馴染みの旅館に配った。それでも目立つものは渡せず自宅に置いたが、家の一間が使えないので祖母に小言言われるし、竹原の家のも持って行けず、密かに置き場を考えて原生林を歩き回って居た。

オヤジの家誕生(オヤジとはヒグマの略称)

祖父は巌窟王だ

この岩窟は、どの位置からも死角であることに気づき、岩肌を観察し内側に崩落個所が洞窟になって居ることが分かった。洞窟の外に崩落した岩が連なり、積み重なり内側が回廊のように空間になって居た。外はトドマツやダテカンバが茂り、下草はなく根曲がり竹がギッシリ繁茂している。南西側に開けているが、洞窟の前に人が立っても、誰からも察知されない場所だった。
祖父は密かに、道具類を運び込み洞窟に隠し、1年近く掛かって仕上げたらしい。
洞窟は、何個かあったが表面的には目立たないもの選び、入口は正面ではなく20メートルくらい離れた岩の割れ目から入る。横に移動できるように、岩を退かしたり砕いたり苦労したようだ。割れ目の隙間を埋めて、回廊に仕上げ夜中にランプを灯しても漏れない工夫もした。洞窟は、最終的には居住できるくらい、いろいろなものを装備して、水がめも用意・カマドも作って炊事もできた。

洞窟には、棚のように岩石を切り崩し、排気は洞窟の裏側に大きめの穴を開けて、隣の洞窟から静かに漏れるような工夫もしてあるので、表から見ては誰にもわからない基地でもある。

話し終えた祖父はスッキリしたようだ

この場の3人に信頼感が芽生えた

「マイクさんが、初めてのお客さんです」と、祖父が静かにマイクの手を握った。

「このあとに、さらに5~6人がこの秘密の家を知ることになりますが、心配しないで私たちに任せてくれますか?」マイクも今聞いたことが、フィクションなのかと思いながら

「私も、半分お尋ね者のような状態ですから、お任せします」

「さっきも健太に話し、昨日ここに来る前に貴方を捜索する連中を目撃しました。温泉で聞きまわっていましたが、その後でマイクさんに会ったので、どちらが正しいのか見当が付きました」
「申し訳ありません、みなさんを驚かせてしまい、馬鹿な部下を指導できなかった自分の責任です」と深く頭を下げた。

「あの連中は、この原生林の捜索は苦労するでしょうから、その前にその痕跡を消しましょう」と、祖父は静かに立ち上がった。
「健太!外には出ないで煙も音も出さず、夕方まで待ってなさい、食事は夕方持ってくるからその間缶詰と今朝の残りで頑張って居なさい」と、言いながら出て行った。

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