健太の留学一覧

カルルス温泉は農漁村の湯治場

健太もカルルスから離れるので感慨が深いカルルスの正月過ぎは、湯治の人で賑わいを見せる。道内の農家や漁師のの人たちが好んでカルルスの温泉に来ています。湯治のお客さんは自前の綿入れのドテラを着て散歩に出て、土地の人達とも顔馴染みになり、先日の「歩くスキー大会」にも、佐々木さんを含め4~5人の人が、参加してくれた。

「歩くスキー」が温泉街の一大イベント

養父と祖父も気を使い注意してくれる 昨日の打ち合わせした内容を、祖父に伝えようと家に行くと、養父が祖父とお茶を飲みながら相談していた。健太がメモを見ながら話すと 「おー良くまとまったなあ、千治さん若い人たちのイベントが楽しみですね」 「人が沢山集まるのは大変だが、発起人には責任も出てくるので、大人にも良く頼んで置くんだよ!」

ウォーキングスキーで足慣らし

恒例の歩きスキーの時期だ 健太の留学が決まり是非やりたいらしい 近所の友達がシーズン前の歩くスキーをやる機運だ!健太は、あと半年か~とカルルスの生活がカウントダウンに入ったことが気になった!英語も話せないし、こんな田舎っぺがアメリカで生きていけるのか実感が湧かない。雪の日が多くなり、オロフレの山頂は真っ白だ。

マイクの退院は明朝

留学の手続きが養子扱い 健太の留学について、複雑な手続きと語学の研修などが、意外な形で落ち着いた。国籍や、戸籍の問題がネックになって、養父はカルルスと札幌を何度も往復していた。札幌に再就職したが、フルタイムの勤務ではないので都合よく時間が作れた。

「オヤジの家」の機密を伝承

祖父と米軍幹部との交友 雪も少ない日曜日、祖父が「オヤジの家」に行くと言うので、健太は桧原の両親に話をし了解を得て一緒に行くことにした。来るたびに洞窟の窓代わりの穴から石や苔を外して、空気を入れ替えてきたが、やはりかび臭い感じがする。