千歳の幹部がカルルス温泉へ

このエントリーをはてなブックマークに追加
このエントリーをはてなブックマークに追加

Sponsered Link



4輪駆動のハンヴィ-

室蘭の和田先生も

マイクの招待は、午後2時の遅いランチになった。

大型の4輪駆動車で,中隊長のジェームス大尉と大隊副隊長のウエル大佐が同行して来た。更に少し遅れて、室蘭の和田先生夫妻が、国産の4輪駆動車で駆けつけた。

最初に、桧原家に挨拶に立ち寄り、家族と対面し自己紹介をしてから、旅館に入った。
今回のランチは、マイクが周到な計画を練ってきたらしく、上官2人には転落事故で命がけで助けてくれた千治たち家族と、桧原の家族への感謝会と、健太の留学のことでウエル少佐が、朝鮮の孤児を養子に手続きの情報を聞くことだった。

旅館も、12時のチェックインや、午後2時のランチンも快く対応してくれた。
昼頃到着した2人の上官に、マイクとケリーはてんてこ舞の忙しさ~ 1時ごろ旅館の内湯で汗を流して貰い、和室の畳の上に足を投出して寛いだ2人を後に、桧原の家に戻ってきた。

(オダマキ)

にほんブログ村 シニア日記ブログへ
にほんブログ村 シニア日記ブログへ

にほんブログ村

部隊の上官が気さく

住民の誠実な対応に好感!

マイクが、上官のウエル大佐にちょっと会釈して
「大佐は、向こうの旅館に移動し、ランチ前に皆さんに「養子の件」を、お話していただけないでしょうか?」と、切り出した。ウエル大佐が

「まだ、話は進行中なので参考になるかどうかは分かりませんが、お知らせしますか」と、請け合う。
「こっちも話が終わっていないから、なにかヒントを頂けそうだね」と、養父が
「そうだね」と、祖父も参加する様だ。和田先生が
「わしも、聞いていいのかな?」
「はい、和田先生も是非どうぞ」と、マイクが立ち上がった。

「きみは、ここの女性陣と少し待って居た方がいいかな」と、和田先生が奥さんに話しかけた。
「はい、難しそうだから そうします」と、奥さんは笑っている。

軍の将校と桧原家・和田先生夫婦・祖父など総勢が岩井旅館に移動、旅館では食堂にテーブルをコの字に並べて、会議室の様になっていた。

マイクが司会役でウエル大佐を紹介
大佐の家族は、本国に2人の子供いて、今は成人して家を離れ独立している。
奥さんを呼び寄せ、除隊したら日本の京都の様な静かな処に住む予定だった。
除隊後の計画中に、朝鮮の孤児を養子にする話が持ち上がり、進めていたが、大佐が千歳に移動が決まり、一緒に手続きを進めてくれた部下に後を託して、赴任して来た。

朝鮮の孤児を養子に

朝鮮の親戚から金銭の要求

現在は、電話や手紙で連絡しながら大筋は決まったが、最近、話がこじれて困惑しているらしい。南朝鮮の、親戚と言うグループが金銭を要求し、交渉を担当している部下もお手上げの状態だという話を披露した。
マイクは
「それでは、人身売買と同じではないですか」と、怒ったような顔をした。
ウエル大佐も
「私も、間違った計画を進めたのかと心配で、検証させているところだ」と、肩をすぼめた。

「ただ、本当に親戚なのかあいまいな部分が多く、行政機関も戦争直後の混乱状態が続いて、窓口がハッキリしないのが難しくしている。私が赴任中、作戦で朝鮮半島を移動中に、親と死別した子供は数多く居て、その中の、キム ソウダイという子が居て、その子が少し違っていた。

兵隊が移動中に車を止めると、子供たちがワ~ット寄ってきて、物乞いするのだが、その子は静かにそんな状況を眺めている子だった。逆に兵隊が気になって、チョコレートなどを手渡しすると
「センキュウ ベリーマッチ」と頭を下げるんだ。

私は、遠くで見ていて気になり、朝鮮語の分かる部下に調べさしたんだ、やはり親も親戚も見当たらず、連合軍で開設している収容施設に預かったんだ。近くを通り掛かったとき、寄って担当に聞いてみると、英語も少し話せる様になって居た。

悲惨な戦争犠牲者の、あんな素直な子を応援出来ないか考えたのが、私の養子として関われば少しは役立つ事が有るのではないかと思い、話を進めて来た。
朝鮮からの海外移住者は、居住地の役所で戸籍証明をとり、外務省に海外移住の申請をして、通ればOKとなり南朝鮮のアメリカ大使館にビザと養子の申請をすれば完了らしい。

戦争直後の特例扱いらしいが、孤児だから戸籍の所在把握に苦労しているらしい。養父と、マイクが頷きながらメモを取って居た。

大佐が、マイクの顔を見て終了したことを、告げた。
日本の国内では、空襲で都市部や各地の施設が空襲の遇い、悲惨な状況は同じだが次第に復興しつつある。中央では政府の方針と学生・労働者が意見の違いで衝突が激しく、不穏な状態でもある。

東京の衝突を危惧

住民の誠意に報いたい

そんな時期に、今回の様な事故が表ざたになると、思わぬ火の粉が飛んでくかもしれないので、今回のセレモニーもアメリカの軍人が、ひなびた温泉を探索しに来たような場面を設定した。

湯治に来ていた道内の農漁村の人達も、物珍しそうに眺めている。軍人たちが同じようないで立ちで、着物の裾さばきがぎこちなく鼻緒の付いた下駄を窮屈そうに履いて、まるで子供が歩きはじめたときに似ているので面白がって眺めていた。

大佐の話が終わり、マイクが健太に
「女性陣を呼んで下さい」
「ハイッ 分かりました」と。桧原の家に走った。

女性陣が外に出てみると、2メートル位の外人が、慣れない履物と着物で四苦八苦しながら、散歩していたので驚いた。運転手や下士官に自由時間を許可し、温泉を体験していたのだ

「ま~ジェームス大尉も大変そう!」と、桧原の娘たちや奥さんたちも楽しそうだ。
「なんだか、楽しそうじゃない!笑っているよ!」
「みんな、無邪気なところも、有るのね~」と、ワイワイ言いながら、岩井旅館に向かった。

おすすめの記事

Sponsered Link



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

にほんブログ村