ナイヤガラバスツアー

健太の留学

ニックの家にご挨拶

性格が変わったニック

ご両親と一緒にニックの家に出かけた。ケンタの留学で、ニックの生活にも影響しているので、ご両親に挨拶して置くことになったのだ。これは、お母さんが「ケンタのサポートに、お礼をした方が良いんじゃないの」と、気にしているので、ニックに都合を聞いて置いた。

ニックのご両親は、「ヒノハラさんとお付き合いするようになって、ニックがすっかり変わりサタケさんの家にお礼に伺おうと考えて居ましたのに、わざわざ来ていただいて申し訳ありません」と、ご両親がお礼を言うのだった。良く聞いて見ると、ニックは学校の成績はトップクラスだが、性格は温厚で部屋で本を読むことが多く、友達も少なくて心配して居たらしい。ジュニアに入学して、ケンタが友達になってから別人になったと言うのだ。

スポーツに興味が無かったのが、柔道を習ったりバスツアーを計画したり見違えるほど活発になり、積極的に兄弟の面倒を見て家の中が明るくなったと言うのだ

ケンタは、以前のニックを知らないが、付き合って居て特別気を遣わなくて済むし、結構明るくいつもフォローして貰うので助かっていた。「こちらから挨拶に伺おうと考え居ましたが、≪息子が明るくなりましたなんて変な親たちと笑われそうなので、きっかけが無くて・・・、これからもお付き合いをしてください」と、頼まれてしまった。

 

(やまゆり)

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バスディボまで車で

夕方の迎えも頼む

サタケのご両親は、恐縮していたがお互い実情がわかり良い関係が出来たようだ。ついでに、降雪時期が過ぎたころに、ナイアガラにバスで行く計画も承諾して貰った。

スプリングタームも近く道路の雪も消えたころ、朝一のバスを狙ってタダシお父さんにバスターミナルに送ってもらう。バスディボでタイムテーブルを貰って、帰りの時間を確認、車で待って居てくれたお父さんに
「夕方5時から6時ごろの間に、帰れそうです」と、伝え迎えをお願いした。タダシお父さんは、出かけるときは必ずパスポートを持つように言ううのだったが、良く分かって居なかったが、ナイアガラはカナダ側にゲートがあり国境を超えると言う重大な手続きが必要らしい。

ニックは、「アメリカの在校証明書が有れば大丈夫だよ」と、教えてくれたがパスポートは取り出せるようにバックの出しやすい場所に入れた。ケンタは市民権の申請中だが、移住する訳でもないのに必要ないと思っていた。バッファローで停車したので、降りてみたが街を歩いてみて、ロチェスターより大きく活気があるようだが、何となく落ち着かないざわついた気分がした。

バファローで小休止

国境は橋の上

バッファローは15分くらいの停車なので、慌てて戻ってナイアガラ経由シカゴ行きのバスに乗り込む、降車時に降車カードを貰っているので、スムーズに乗れたが、ここから乗り込む人も何組かあって、少し時間がかかる。ニューヨーク州から、カナダのオンタリオ州へはレインボーブリッチを渡るのだが、橋の途中が国境線だった。(国境を超える手続きはほとんどないのだった)

バスターミナルで降りて、カナダ側をしばらく歩くと大きな滝が2つあった。アメリカ滝は幅が260メートル、カナダ滝は670メートルの幅で大迫力だった。ナイアガラは観光客が多く、外国語が飛び交いケンタがニックに声を掛けようとすると、慌てて指を口に当て話を止めた。不審に思いながら、前を行くニックを追うように進むと、ニックは周りに気を配りながらケンタを庇うようにしながら、露店や土産物店が切れたところで、「ケンタ、露店や客引きのような人とは目を合わせないように歩きましょう」と、言うのだった。

お店が無く開けたところで、ガードで仕切られた見晴らし台で、滝を見ていると「あなた日本の人ですか?」と声を掛けられた。中年の日本人の夫婦が、なんとなく頼り気なく立っていた。ニックもケンタも驚いて顔を見合わせて、ニックが頷いたので
「はい、アメリカに留学しているケンタヒノハラと言います」と、日本語で挨拶した。ここで、”偶然〟声を掛けられたのが、日本からの観光客だった。