USAの開国時は??

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マーサー夫人は緊張気味

自国の歴史が侵略の開国だった

マーサー夫人は、少し緊張したような顔で、声を落とし
「Light and dark of the American pioneer history」アメリカ開拓史の明暗)と話して一呼吸おいた。

「In our ancestors brute force method, it has emigrated」(私たちの先祖は強引な方法で、移住をしました)

「To the North American continent at the time, it was not inhabited by about 100 million people of indigenous people」(当時 北アメリカ大陸には、約100万人の先住民が住んででいました)

「Kenta is the question, who had lived?」(健太 質問です、誰が住んいました?)
「Yes American Indians and Inuit」(はい アメリカインデアンとイヌイットです)

「Well, it would have laid-back from 100 million people to that wide place」
(そうですね、あの広いところに100万人ですからのんびりしていたでしょうね)

先住のアメリカインディアンは、狩猟や小規模農業で生活し、分散して住んでいたようです。
東部のニュウーイングランド地方から上陸し、次第に中央部に進出した移住民のうち、フランス人は交易を中心に友好関係を保ち、イギリス人は武力をもって彼らの領土を略奪する道を選んで、開拓地を確保していった。

(ブラシ)

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西部劇の映画と話が違う

イギリス人は、戦争好き?

西方には追いやられたインディアンは、ミシシッピー川の以東には居住区が消滅し、開拓もほぼ終了した1900年ごろには白人にすべてを奪われ、人口も初めの四分の一に減少した。

西部劇の映画に描かれている、ストリーより悲惨な攻撃を繰り返しながら、領土を広げて行ったようだ。
インディアンにとっては理不尽な立ち退きを強いられ、挙句の果てには銃で脅され仕方なく荒れた土地の西部の山際に追いやられたわけだ。

ミシシッピー川の西側からロッキー山脈の麓までは、降雨量が少なく当時としては、平らな土地だが荒野だった。
南部の黒人の奴隷制度は、リンカーンによって「解放宣言」で自由になったはずだが、黒人の生活程度は低くかった。
西部に追いやられたインディアンと共に、人種差別の悪例は現代も続いている。

「It is also almost the same history of Anywhere country」(何処の国の歴史も殆ど同じです)
「Even if the action I think the best at that age, future generations of rating is cold」
(その時代で最善と思って行動しても、後世の評価は冷徹です)

「I, do not know well the history of Japan, would the same thing is there?」
(私は、日本の歴史も良くわかりませんが、同じようなことが有ったのでしょうか?)

アイヌ民族の話も

健太の境遇も

「I also, but racism is less because the same ethnic How can Japan learned in school, sounds like the Ainu people have been persecuted」(私も、学校で学んだのですが日本は同一民族だから人種差別は少ないが、アイヌ民族は迫害されたようですね)
「I, seems to be the Ainu ethnic」(私は、そのアイヌ民族系のようです)
「Something, or there was disadvantage?」(何か、不都合なことありましたか?)

「In particular, have nothing」(特に何もありません)
「That’s was good」(それは良かったですね)

「My mother in Ainu, is the father of the general Japanese」(母はアイヌ民族で、父が一般の日本人です)
「My grandfather darker beard, chair body is to Gatchiri」(祖父はひげが濃く、体がガッチリしています)

「I’m so resembles by one half to his father and grandfather」(私は父と祖父に半分づつ似てるそうです)
「Kenji is, I inherited a strong body!」(健太は、丈夫な体を受け継いだのですね!)

「Ainu was also lived collectively the same settlements most recently」
(アイヌ民族も、最近まで同じ集落に纏まって住んでいました)
「Now, is not particularly regulation」(今は、特に規制はありません)

「How was the life of the school?」(学校の生活はどうでした?)
「When the 6-year-old, now adoptive in the father and mother died judo teacher at」
(6歳の時に、父と母を亡くし柔道の先生の所に養子になりました)
「Since the body was there is learning the big judo, was a boss of the kids」
(体が大きく柔道を習って居たので、ガキ大将でした)

「I’ve heard the Ah ~ I’m sorry Kenji of history」(あ~ごめんね健太の歴史を聞いちゃったね)
「Talking, Kimochi is now lightly」(話して気持ちが軽くなりました)と健太も軽く言う。

健太は、授業中に初めての単語や、歴史の言葉が分からない部分が多く、その度に質問しながら、わからない儘にはしなかった。
先生も、そのほうが効率的なので、さっきのようにテキストから離れても充実した時間の使い方で、疲れたなと思ったら休憩しながら自由な教室だった。

会話も、言い回しができないと意味が通じないことも多いが、山口さんが留学で得た大事なテクニックも、大いに役立った。
多く言わなくとも通じるし、相手の顔を見ながら何が足りないのか、どの言葉が間違っているのか、判断出来るようになった。
マーサー夫人は、健太のためにゆっくり話し、初めての言葉などがあるときは、其の言葉を丁寧に説明しながら繰り返しながら、健太が「イエスサ~」と、いうまで付き合ってくれた。

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