ホープヒルズの入学手続き

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学校から手続き要請

事情を知らない家族も混乱

翌日、タダシお父さんが学校に電話して、健太の入学手続きを相談した。
最初は、いつごろ伺えばいいですかのような話をしていたが、次第に口調が変わり緊張しているようだ。
「少し待ってください、マイクに代わります」と、受話器を上げてマイクを呼ぶ。
「マイク・サタケです。ご無沙汰しています」と、挨拶をしていたが、
「アッ その件ですか、帰国直前東京の総合司令部から、連絡がありロチェスターのジュニアハイスクールに留学することを伝えました~」
「ハイッ これから伺ってよろしいですか?今後は両親にお願いするので一緒に伺います」と言って切った。

「話が良く見えないんだが、健太君は国務省の特待生とは、どんな人なんだ」と、健太の顔を見ている。
「あとでゆっくり話す予定だったが、車の中で説明しますから、一緒に行きましょう」と立ちあがった。
「わたしも行ってお話を聞きたいのだが、ダメなのかな」とお母さん。
「お母さんも、もちろん当事者ですから、話を聞いて先生がたに会ってくださいよ」
「そうかい、私も健太君の保護者になるのかい」と、嬉しそうだ。

(ハイビスカス)

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オロフレ峠のチキンレース

古参兵の企み

「実際は、外部には話せない軍の内輪もめのような事が発端なんだが~僕の事故は、仕組まれた汚いもんなだ、」
「誰が仕組んだのだ」と、お父さんも気になる話だが、マイクは自分の恥でもあるのでなかなか切り出せない。
「それなんだが、朝鮮戦争帰りの古参兵の軍曹が、小隊長の代理をして居た所へ、僕が赴任して小隊長になったので代理を解かれたことを根にもって居たらしいんだ」

「まだそんな兵隊がいるなんて、嘆かわしいな~」
「僕の力不足の部分もあるのだろうが、戦地帰りの古参兵は、本国から来た若造の士官なんか馬鹿にして、命令も無視することがあるんだ」
「中隊長も司令部も掌握しており、上層部からは刺激せず段階的に本国に帰還の手続きを取っている最中と聞かされていました」

「平穏な北海道では、時々訓練で周囲の原野に出かけますが、当日は兵員輸送を兼ねた野戦を想定して、支笏湖から登別の手前オロフレ峠まで兵員輸送車とジープ含めて15台で走行しました」
「オロフレ峠には、高山植物の群落がお花畑で広場が駐車場になって居ました昼食をとってから、小隊別に帰隊で16時まで戻ることになりました」
「中隊長や主力部隊は解散即スタートして、元来た道を下り始めました、僕の小隊と仲の良いウオリー少尉の小隊がなかなか集まらず、最後三小隊が出発できずに待機していました」

「お花畑のベンチで、ウオリーと話して所へ、ケーリー軍曹の仲間が≪ケーリーが相談することがあるので、向こうのベンチに来てください≫と言うので、用があるならここへ来いと言うと、≪ウオリーさんも一緒にです≫と言うので二人で10メートル位離れたベンチに移動したんです」

「私の小隊も一人遅かったが、全員揃ったので帰隊時間を伝えるにも好都合だったので、自分の小隊員も一緒に移動したのが大きなミスでした」
「なんでミスなんだ」
「ケーリー軍曹は、にやにやしながら≪マイク少尉殿、中隊の中でも噂になっており、私もモヤモヤしているので、ここで決着付けましょう≫と切り出しました」

「今は勤務中で貴方のモヤモヤとやらに付き合う必要もないし、規律違反になるような私闘などやる気はありません、≪ウオリー我々の小隊だけになったから帰隊命令を出そう≫と言うとウオリーも≪ケーリーこんな辺鄙なところで変な挑発しない方が良いよ≫とけん制したが、ケーリーは≪別に殴り合いをやる訳じゃないんですよ、本国で流行ってる『ゼロ四』をやろうと思いましたが≫と想定外の展開になり、ウオリーと顔を見合わせ、こんな狭い所で何を言い出すんだ」と、ついムキニなって言い返してしまいました」

「≪距離は400ヤードはありませんが、お花畑の端から向こうの道路の出口までは100メートル位はあるから、決着はつきますよ≫と平然としているので≪ウオリー部隊に内緒にしてくれるか≫と念を押すと、軽くうなずくので遣ることになりました」

「お花畑の端に止めてあった、自分が乗ってきたジープに向かうと古参の兵隊が二~三人が近くに居たが気にせずエンジンをかけてゆっくりスタート位置に移動した。≪ウオリースターターを頼む、ジム軍曹良いだろうと聞くと、≪誰でも良いですよ≫と言い帰隊用のジープに乗って近づいて来ました」
「ウオリーが、脇に居た兵士の小銃を借り、銃口を空に向けました」

ホープヒルズジュニア

特待生来校で盛り上がる先生たち

マイクは、事故の状況を話している間に、ジュニア ハイスクールの門の前に着いた。話は途中だが、車から降りて驚いた。玄関のの前に、先生がずらりと並んで拍手をしている。
サタケ一家も横に並んで、お辞儀をした。
「マイクが昨日夕方帰ったばかりで、詳しい話をしていなかったので、大変失礼しました」「タダシさん、こんな名誉な話は滅多に無いことです。細かな手続きは後回しで良いでしょう」
「リチャード校長、有難うございます」
「リチャード先生、しばらくぶり振りです。こちらがケンタ ヒノハラ君です」
「ハウ ドゥ ユードゥ マイ ネイム イズ ケンタ ヒノハラ」と言いながら会釈した。「ナイス ボーイ ケンタ ヒノハラ ミチュウー トゥ」

「さあ~ミーティングルームに移動して話の続きをやりましょうか~」と、先に立って歩き出した。先生方も、
「ナイス トゥ ミーチュー」と、次々と握手しながら、ハグしてくれる先生もいる。
サタケ家と先生がたと、向かい合う形で席に着いた。
校長が、昨日国務省から連絡のあったことを報告始めた。

公には出来ないが、国務省の特待生がホープヒルズに留学するので、必要経費は全て国務省扱いでなので便宜を図るよう要請が来た。

日本国で、軍の事故があり外交的に微妙な問題があったが、ケンタ ヒノハラ君とその祖父 谷沢 千治さんが巧妙に処理してくれたお蔭で、メディアにも漏れず米軍の面目が保たれた。

国務省の東京事務所経由の話だと、留学が決定してから3か月間くらいの間に、英語の
会話と初期文法・アメリカの歴史・社会問題などを集中的に学習して居るので、ジュニア
ハイスクールの入学には問題ないようだ。

東京のGHQでは、何か勲章的な褒賞が無いか検討中たが、マイクたちの帰国に間に合わな
いので、留学の件だけ急きょ連絡が入ったようだ。ケンジタ身上調査に、カルルスで育ちで養父の桧原さんが、元警察官で柔道の指導者で実力は2段くらいだが、小学生なので昇段試験を受けずに来たが、その道の進み方があれば助力して欲しい。

「いろいろな情報があり、私もまだ理解できない部分もあるが、いまこうして、ご本人を迎えてワシントンからの情報が正確なことを感じます」

「昨日、国務省から電話を貰ってから、日本の地図を開いて札幌・千歳などは少し住宅が
あるがカルルスやオロフレは山岳地帯のようだったが、ケンタ君はどこで英語の会話など
を学習したの?」と聞いた。

校長も慎重な姿勢

マイクも心残りの感じ

「それは、私が説明します、私の事故の件は国務省から連絡があったので省きますが、
ヒグマの生息地から命がけで助けて貰ったのですが、そのお返しができないのが残念
でしたので、私の帰還を機に、アメリカで学ぶ機会を作れないか、みなさんに相談して
かなりの時間が掛かりましたが、OKを貰って昨日着いたところです」

「留学に備えて、英語の会話を終戦後にアメリカに留学した山口 千恵子さんに、歴史や
社会問題などをマーサー・ブラウン夫人にお願いして集中講義を受けて貰いました」

「通常なら、6か月から8か月くらいのカリキュラムだが、2人の先生は1日6時間から7時間付き合ってくれました」「マーサー・ブラウン夫人は、本国で教師でしたがご主人の海外赴任に帯同し、現在は千歳ですが、将来的には京都に住みたいと言っていました」
「マーサー・ブラウン夫人か、どこかで聞いたお名前だが~」と、リチャード校長が。

先生方は、ケンタに矢継ぎ早に質問するが、ケンタはほとんど淀みなく返事するので、次に
マイクに質問するが、軍の機密部分が気になるらしいが、そこはさりげなく
「わたしもしばらく、気を失い入院中は記憶喪失患者を装うっていたので、健太君より中身が無いのですよ~」と、うまく切返していた。

入学まで残り10日くらいあるが、必要なものほとんど用意できたので、入学前でも良いから
遊びに来るように請われて、通学の練習に来てみますと言いながら、帰途に付いた。

帰りの車の中でお母さんが
「ケンタ君は、12歳とは思えない位落ち着いていて、私もなんだか誇らしくなって来たは」「健太君の、お父さんやお祖父さんお母さんなどに会ってみたくなったよ、私たちにこんな
お仕事を与えて頂き感謝しなくちゃと思っているよ」と、お父さんも、感謝の気持を言う。

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