ナイヤガラでボランティア

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小川さん夫妻をレスキュー

日本の方で良かった

ご夫妻は、自信なさげに「ああ~良かったわぁ~」「わたしたち横浜から来たのですが、英語が少ししか話せず苦労していたのです、小川 克夫とマサ子と言います。少しご一緒して頂けませんか?」と、奥さんが申し訳なさそう顔で言うので、健太は、そのことをニックに通訳すると腕時計を見ながら、「アイ スィンク アイ キャン 2アワー」(お手伝い出来ます 2時間くらい)と、健太が通訳する。

お2人は、満面の笑顔になりケンタとニックに両手を出して喜んでくれた。お2人は滝を見ながら、言葉が通じ無いのが原因で、興味が半減していたらしい。高校生くらいの二人を見ると、ケンタを日本人ではないかと気になり、思い切って声を掛けたようだ。ナイアガラの見物だけは、フリーで行動しようとトロントから来たらしいが、観光客が,想像以上に多いのとケンタたちも敬遠した土産物の誘いがシツコクて、途方に暮れていたらしい。

ケンタもしばらく振りの日本語の会話で、懐かしさを感じながら自分の両親と同年配のお2人に、他人事ではない感情が湧いて来た。ニックも、お2人の気持ちが直に伝わるようで、英語で説明し、それをケンタが日本語で通訳して、和気藹々としたナイアガラ見物になった

(ナイヤガラ)

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お2人はすっかり落ち着いて、4人でランチを楽しみましょうと提案して、少し高そうだが落ち着いたレストランのテラスに席をとった。「ヒノハラさんは、どこの出身なのでか?」と、奥さんが聞くので「カルルスの小学校を卒業して、昨年の9月からジュニア ハイスクールに通っています」

「カルルスって、チェコのカルルスバードの事ですか?」と、聞くので健太が驚いた。「いや 北海道の登別温泉の奥の方です」「あぁ~ 登別から洞爺湖には行った事があるのだが、そうだあの時山の道路が崩れて、海の方を回ったような気がしたが……」と、ご主人も思い出したようだ。

「そうです、その道路が崩れやすい所が、カルルスの近くです」「そうか、あの途中にカルルスと言うところが有ったのか~」と、ご主人が懐かしそうだった。奥さんが「大学の頃、カルルスバードの泉質と同じなので、カルルス温泉にしたと言う事らしいの、そこがヒノハラさんの温泉だったのね、奇遇だわね」

「君も良く覚えて居たもんだね」と奥さんを冷やかしていた。そのとき、ランチでオーダーした料理が運ばれ、温かいスープがなんともいい香りで、食欲を誘う。次に、ジュウジュウ音がする焼きたてのステーキが運ばれ、ニックとケンタは思わずにっこりとナイフを握った。

「それにしても、ヒノハラさんの会話は流ちょうな発音で1年や2年ではそうは上手くゆかないでしょう~そこの小学校は英語を教えてくるのですか?」と、奥さんが気になるらしい。「普通の小学校ですから、英語は一切学習しませんが、僕の場合いろいろなアクシデントがあって、4ヶ月くらい日本語を使わない特訓がありまして、何とか……」

「お友達は、アメリカの方でしょう」と、ニックの方を見ながら、「ヒノハラさんの英語力はすごいですね」と日本語で話しかけた。ニックは、ケンタの顔を見ながら≪訳せ≫と、眼で促している。

ニックは、真剣な顔で通訳を聞く

健太の英訳を聞いて

健太が、照れながらニックに伝えると、この時とばかり一段と声高に説明を楽しんで居る。「僕らが驚くくらいのレベルで、授業にも何の支障もなく成績もクラスのトップクラスです」
「それに14歳で、ハイスクールの柔道大会で優勝したんですよ、頼もしい友人です」

「あ~そうか、中学2年生なんだね、柔道をやっているんですか?私は高校の3年くらいかと思っていましたが、頼もしいわけだ」と、ご主人が念を押す。「文武両道ってところなのね、ご両親にはご自慢の息子さんってわけですね」と、奥さんがケンタの一番弱い部分を突いてくる。

ケンタは思わず絶句する感じで、言葉が出なかったが、ニックに小声で訳す。「ケンタのお父さんは、ケンタが6歳の頃鉱山の事故で亡くなったので、決して順調ではなかったのですが、性格が良いので周りから信頼されて、いつもヒーローですよ」と、ニックがホローしてくれたが、通訳するのは照れくさくてしどろもどろしてしまった

「あらごめんなさい、全然感じさせないわね、家の辰治にお話を聞かせたいわね」「ヒノハラさんは、特別なんだよそれにしても我々はラッキーだったな、日本のヒーロに会えて旅先でこんないい気分にさして頂いて、有難うございます」と、ご主人が頭を下げた。

「本当に、良い時間を過ごさせていただき感謝します」と、奥さんも静かに頭を下げた。丁度、コーヒー運ばれて来た。「この後どこかに回るのですか?」と、ケンタが聞いた、
「トロントに戻り、シアトル経由で羽田に戻ります、最初は西海岸を4日位廻ってオタワからトロントに来たので、ナイアガラが最後でした」

「来る時がバスだったのですが、鉄道もあるようなので帰りは汽車にしようかと考えて居ます」と、奥さんの方を見た。「お2人に声をかけて、本当にラッキーな時間を過ごせました、本当にありがとうございましたヒノハラさんはしっかりなさっているから、私たちが激励することは無いのでしょうが、異郷で頑張る若い人に感動をいただき、楽しかったです」と、言いながら奥さんが少しさみしそうな顔になった。

小川夫妻は大満足

トロントまで汽車で

「それでは、ナイアガラ駅までお送りいたします」と、ニックが先頭に立った。ケンタは、その後から小川さん夫妻と歩きながら、「しばらくぶりに、日本語で話せたので楽しかったです、柔道場の先生も日本人なのですがいつもは英語で、先生と二人っきりになった時だけ日本語を使う生活ですから、楽しかったです」

「私たちは、『地獄で仏』って心境でした、ツアーの準備で英会話の練習をしたのですが、いざ本場に来てみると、≪ハロー≫さえスムーズに出て来ないのでがっかりでした」「ツアーの仲間と一緒だと、日本語オンリーで苦労しなかったのが良くないですね」

「ここがナイアガラ駅です、チケット売り場まで行きますか?」と、ニックがツアーガイドのように先頭を歩きながら、テキパキと仕切っている。「ヒノハラさん、ニックさんにお礼を言うう場合英語ならどう言えばいいのですか?」
「そうですね、本当に助かりました≪ザ ウッド リリー ヘルプ≫ですかね、その後に≪サンキュー フォー エヴリスイン≫これは≪いろいろと有難うございます≫と言う意味です」

「ミスターニック ザ ウッド リリー ヘルプ」「サンキュー フォー エヴィリスイン」ですか?最後だけ英語でお礼をしてみます}と、ご主人がはにかみながら、チケット売り場に並んだ。チケットを買いながら、ご主人とニックが笑いながら改札の側に来た。
奥さんも興味津々の顔で、小川さんを見つめていた。

「ミスター ニック」と、右手を出して握手をしながら「ザ ウッド リリー ヘルプ 」と、左手で肩をたたきながら「サンキュー フォー エヴィリスイン」

ニックも慌てて「グラット トウー ビー アブ ヘルプ」「イッツ ヴェリー デリシャス」「ヒノハラさん、日本に帰ったら必ず横浜に来てくださいよ、先ほどの番号に電話して呉れたら、迎えに行きますから」と、小川さん夫妻は、何度も何度も後ろを振り返りながら、汽車に乗り込んだ。

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