エリー運河のほとりで(サマー⑤)

健太の留学

合宿打ち上げ

閑静な住宅街

若い大きな歓声と、お肉の焼く匂いが漂いフットボールの会場かと思わせる賑わいである。東海岸から、ハドソン川を経由して遡ってくる、小型の客船から声がかかるほど盛大なパーティだ。前田先生の家は、勤めていた会社の別荘的な保養所とし利用してきたが、フロリダに新設した保養所が人気になり、ロチェスターは大きな部屋が無く若い社員が大勢の 時は不自由だった。利用率が少なく、前田先生がリタイアする際払い下げの形で購入した。

個人住宅としては少し大きいが、ガーディンが芝生と樹木の植栽でこじんまりした公園の感じが快適さだ。今回のプランをブラウン会長に話すと、
「大きな会場が無ければ、うちのホテルを提供するよ」と言われたが、
「場所だけは大丈夫です、家のガーディンが広いので充分だと思います」と請け合った

 

(????)

会長の陣頭指揮

材料からスタッフも

「場所があるなら飲食の材料と手伝いが要るな」
「良し分かった、後は任せなさい、今度ホテルに日本食を考えて居たので、日本から和食の「板前」を呼んで研修しているんだ、二人居るから「寿司」を握らしてみたいんだが、良いかな」「それは大いに助かります、家の娘2人とワイフの3人に元の会社から3人ほど応援を手配したのですが、5~60人になると思いますが、どうでしょう?」

「いや~最終日の「打ち上げ」の話が父兄たちにも広がり、手伝いでも良いですから参加したいと言う人が沢山いたんだが、手伝って貰おうか?」と、会長はすっかり手配済のようだ。
「それななら助かりますね」と、前田先生は一歩譲る。「前田先生、食材と手伝いは多いほど良いだろう、少し予想以上の人数になるかも知れないが、学校のイメージUPにも関わるのでやりましょう、これから地元の警察に寄って、それとなく話して置くよ」

「有難うございます、私は校長に会って報告して置きます」

当日の朝から、近くに住む父兄会の人が前田先生の家に集まり、仮設のテーブルやベンチなど配置しながら、楽しそうに働いていた。焼肉の窯はレンガを平積みにして本格的なしあがりで、焼肉台の脇にはカウンターのような台を作り、手慣れた大工仕事はやはり地元で木工の会社を経営している父兄だった。いろいろな人たちのお蔭で、前田先生は何も手出しが出来ず現場監督のようにあっちこっち動きまわっていた。

9時ごろ、ブラウン会長がホテルの板前二人とコック見習いの三人を連れて来たが、段取りは前田先生に任せて帰って行った。二人の板前は、会長の日本のホテルと連携した事業で知り合った、老舗の紹介で渡米した人たちで、日本でお店を持てるレベルの腕前のようだ。

ホテルの厨房の様子

前田姉妹も応援参加

前田家のキッチンで魚を捌いて、下準備をしながら
「お寿司なら、味付けもないのでネタを揃えましょうか」と、ネタを大きな皿に並べ始めた。前田先生の長女美恵子さんと次女の清美さんもスエットの上下にエプロンで、応援のニューヨーク支店の3人の日系女性社員とホテルからのコックさんで、食材や器を並べていた。

焼肉の窯は3ケ所に設置され、そこには父兄の人たちが火の番をしながら、盛り上がっていた。ケンタのご両親も手伝いで先に来ていた。部員たちも、匂いに誘われるようにぞろぞろ集まり、ケンタはニックを誘い、今着いたがすごい盛り上がりに戸惑いながら、前田先生たちに挨拶した。

丁度、ブラウン会長が、校長先生と到着し「良く出来たね、これではイベント会社もやれそうですね」と、ご機嫌である。木工会社の社長さんが
「こんなに広いスペースがあるとは気づかなかったですよ、前田先生この次何かやるときは貸してくださいよ」「はい、いつでもどうぞ自由に使ってください、こんなことは今回が初めてなのですが、もっと活用できればいいですね」
「そうだね、うちはホテルだから何とかなって居るが、プライベートな時は恰好な場所だね、あのエリー運河がなんとも言えないレイアウトだね」と、ブラウン会長の感心していた。

庭付き住宅が好評

「前田先生は、この家のことは全然話していなかったので、驚きましたよ」と、校長も驚いていた。「自慢することでもないのですよ、元の会社のお荷物を引き受けたので、極安でね」

「それは良い出物だったね、私なら少々高くても飛びついたんですがね」と、不動産会社の父兄が残念そう。「それでは、準備も出来たようなので、始めましょうか?最初に、私が開会を言いますので、校長先生とブラウン会長に挨拶をお願いします」

「挨拶なんか要らないだろう?」と、ブラウン会長が言うが、
「いや、会長は今回の功労者なのですから、話して下さい」と、校長がしっかりホローしてくれた校長先生が、父兄会のバックアップにお礼をいいながら、会長から材料やスタッフまで手配して貰ったことにお礼を言ってしめ括った。

会長は、父兄会のみんなに協力のお礼と、部員の活躍にこれくらいは当たり前で、今年もホープヒルズの名をニュースになるように頑張ってくださいと、簡単に挨拶をした。

「それでは、自分のお腹と相談しながら、心行くまで食べて下さい、今日は会長の計らいで日本の「寿司」も用意できました、初めての人が多いかもしれませんが、好きなネタを握って貰って食べて下さい、父兄の方たちも遠慮せずに、車を運転しない方はアルコールもありますので楽しんでください」

「それでは、初めて下さい」と、言った途端、わ~ッと思い思いの場所に散った。

選手も父兄も大満足

マイクのご両親も楽しそう

会長や校長は、それを見ながら満足げに顔を見合わせながら、その輪の中に入って行った。
父兄の人たちは自分が食べるより、やはり子供たちの食べ方が気になるようだった。人数の多さにも圧倒されたが、食べ物の多さにも驚いていた。

会長は、父兄会の幹事に言付けて、父兄の人たちも遠慮しないで、飲食に加わる様に伝えていた。ケンタは、お母さんの側に行って「何か食べましたか」と言うと、
「お寿司が美味しかったよ、こんなに盛大だとは思わなかったんだが、みんな楽しそうでうれしいね」「僕もお寿司が美味しかったですが、ニックは生の鮪は無理だよと言いながら、いくらの海苔巻を食べていたよ」
「アメリカじゃ、海苔巻を苦手にする人が多いが、珍しいね」

お父さんたちは、ベンチのあるテーブルでビールやワインを楽しんでいるのは、日本もアメリカも同じだなぁと思いながら、この風景をカルルスや札幌に伝えなくちゃと思いながら、恵美子さんにコーラを貰いに声をかけた。

「あら、ヒノハラ君ね英語がうますぎるよ、ネイティブの子と思ったよ」と、弟に言うような感じでコーラを注いでくれた。ここでも英語の話で、親近感が急速に深まることになった。

「あらっ お姉さんずるいはね、ケンタくんを口説いているんでしょう」と、清美さんが口を尖らして寄って来た。「清美が妬いているよ、ケンタ君の英語が上手すぎるので、地元の子と間違ってしまったので、ほんとに日本から来たのか聞いて居たのよ」

「わたしは、日本語の方が苦手だが、お姉さんは逆だものね」「ご姉妹で、どうして違うんですか?」と、健太が興味を示した。「私は、小学校は日本のお祖父ちゃん、お祖母ちゃんの所で卒業したから、すごいハンディだよね、清美は入学前からアメリカで,英語漬けがから楽勝よね」「な~るほど、僕も6年生までABCくらいは分かっても、話すことなんか考えて居ませんでしたから~」

大学1年の清美さんは、アメリカの生活が長いので部員たちの間を走りまわりながら、すっかりホステス振りが板についていた。健太は、カルルス温泉以外でパーティーに参加したことが無いので知らなかったが、アメリカの焼肉パーティーは規模が違うので、この状況を手紙に書くのは大変だなぁーと、変な想定をしていた。

マイクとの別れがまだ吹っ切れないが、2週間の柔道漬けで流した汗の分だけ、少し前に進めてようだ。