健太は冬の季節が好きだ

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カルルスを離れる寂しさ

運命の岐路は忙しい

健太は、四季のうちで冬の時期が一番好きだ、今年は春からいろんな事があり米国に留学することも決まった。先日は、千歳からウエルさんやジェームスさんがマイクを助けた功労者として、表彰に来てくれた。今年の冬は、アメリカのマイクの家で迎えそうだ。

12歳の健太としても、短期間に遭遇した出来事は、この後の人生に大きな変化になる予感がする。柔道の稽古が終わるとスキーを持ち出して、手入れをしては滑りを楽しんで居る。父が遺した大人用のスキーは物置にしまっていて、手入れをし滑らずワックスを掛けてそっと壁に立てかけてある。

今は、祖父が最近買ってくれたので、父のお下がりは終戦直後のスキーで重くて滑りにくいのが本音だった~道南の胆振地方は、道内でも降雪が多い処で、生活には少し不便だが地元の人たちは、それなりに用意してあるので慌てずに楽しんでいるようだ。

マイクから電話があり、千歳の駐留軍のキャンプ内に健太を受け入れる段取りが付いたとの話だ。マイクは、軍の施設で日本人の児童が長期滞在できるか、大隊本部のスミス少尉に聞いた。

(たんぽぽ)

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事前の基礎教育が大事

4か月でアメリカ人に変身?

「体験という事で、2~3日の宿泊例はあるが、教育研修の形では聞いて居ない」と、言うのでウエル大佐に確認してくれと、頼んだ。
大佐のの言付けとして
「留学の事前研修だから、申請が出ればOKを出す」との確約を得られた。
「健太は功労者だから問題は無い」との、お墨付きも出たらしい。養父に電話を替わると、

「いつ頃千歳に行くのかな?」と、聞いている。
「宿泊の部屋と体験入学の中学校には話を付きました、先生を2人にお願いしています」と、養父は
「先生が2人と言うのはどんな形なの?」と、気になるらしい。

「中学校への入学は、学習を体験するだけで2週間くらい通学し、その後は、マンツーマンで≪語学とアメリカの歴史など≫を3~4か月くらいは、キャンプ内で学んで貰う予定なのですが」と、マイク。
「8月中に、僕も一緒にアメリカに行きたいと考えています。アメリカの始業は9月からなので、事前研修としてはベストかと考えましたが、どうでしょうか?」

「どうでしょうかと言われても、僕が勉強するのなら「ノー」だが、出来の好い健太なら耐えられるだろう~」
「な~健太、4か月で≪英語とアメリカの歴史≫をマスターするんだってさ!大丈夫か?」

養父は、いきなり話を振ってくるので
「4か月で、アメリカ人になるのですか?」と、トンチンカンな返事をしてしまった。
「どうも、マンツーマンで4か月間は、英語浸けになるらしいよ!」と、養父も心配げな顔だ。

そこへ養母の紗智子が
「健ちゃんなら、大丈夫だよ、私たちの頭と中身が違うんだよ、貴方を平均にしてはダメよ」と、凄い話になった。
「マイク、聞こえたか?うちの奥さんが太鼓判を押したよ」マイクが

「太鼓判って何ですか?」と、聞いた様だ。

「マイク!わが家の健太は、優秀だから大丈夫だと言う話だよ!」と、2人で勝手にOKを出している。健太も、マイクの入院中から覚悟を決めていたので、慌てる事も無く頷いた。
「桧原さん、さっきの太鼓判ですが、まだ理解が出来ないのですが?」と、又聞いて来た。

「あっそれか、昔の人が言ったはなしだが、人を評価する場合「信用できる人物」だと言う日本流のジュークだな、日本では、書類は署名の他に捺印するのだが、その大きさが太鼓の様に大きい「印鑑」を押すと言う事だよ」
「聞いてみれば、良く分かりましたギャランティーが高いという事ですね」とマイク。

「ギャランティーかな~るほど、品物を進める場合もこんな表現があるから、良質な少年ってことだな!」
「お父さんったら、今度は品物にしてしまったよ~保証するってことじゃないの?」と、養母はあきれて顔で修正した。右手を挙げながら、マイクと漫談みたいな話を楽しむ養父だった。

登校して先生に報告

校長の来校日だった

そのことを、翌日担任に話すと
「ちょうど、校長先生が来ているから、報告しておくよ!」と、先生が飛び出していった。
カルルスは、登別温泉小学校の分校なので、校長先生は1週間に一度くらいしか、顔を見せない。

担任が、戻ってきて
「やっぱり校長先生が会いたいと言うから、一緒に職員室に行こう」と、言いながら先に立って歩き出している。
教室の生徒たちもぞろぞろ後を付いてくる。
「やあ~みんなも来てくれたか!桧原君が英語の特訓を受けて、秋にはアメリカに留学することが決まったようだね」
「桧原君、おめでとう!」と、校長先生が、握手をして肩を叩いてくれた。

「先生、有難うございます」と頭を下げた。生徒たちも、ワーアッツと言って、健太の周りに集まり体に触ったり、手を握ったり大騒ぎになった!全校の生徒と言っても15名なので、ほぼ全員が職員室に集まったようだ。

「健ちゃん、もう英語を話せるんだよね!」と、鈴木の妹で2年生のサチコちゃんが、質問して来た。
「ま~だ だよ」と、言うと
「このあいだ、アメリカの兵隊さんと話をしているとこ、見たよ!」と、言い出した。
「あっ あれはアイサツだけだよ、4月から習うんだよ」と

「ふ~ん上手に話していたけどな~」と、浮かない顔をした。
マイクが来たとき、学校の前からジープに乗ったのを見ていたらしい~
すると校長先生が
「すずきさん、桧原君はアメリカ人以上に、英語の勉強するんだよ、そのほかに算数や理科も、全部英語で勉強するんだから、日本語を忘れるかもしれないね!」と、サチコちゃんの前にしゃがみながら、ニコニコしながらゆっくり話していた。

「所で桧原君は、本格的に英語の勉強を始めたのかい!」
「いえ、千尋お姉さんの参考書を借りて、会話の練習を少しだけです!」と、顔を赤くしながら話す。
「それにしても、外人さんと直接話すなんて、桧原君は積極的だね!」
「そうでもないのですが、マイクさんやK軍曹とは、何回か会っているし、マイクさんは日系3世で普通は日本語ですが、試してみただけです」

「なーるほど みんな聞いたかい 特に先生方にも聞いてほしいんだが、桧原君の積極的な行動と誠意を尽くして人命救助をし、それが信頼となりチャンスになった、桧原君は、物凄く危険な状態に遭遇したのだが、大人でも腰が引ける様な状況を、冷静な行動で兵隊さんを助けたんだ、先生は誇りに思うよ!」
若い女の先生が、ハンカチを出して、涙を拭いていた。みんなもシーンとして話を聞いて居た。

「先生は、今日カルルス来て本当に良かったよ!桧原君 もうすぐ卒業式だが、その時はお互いに忙しいだろうから、今日会えて本当にうれしかったよ、先生は、機会が有るたびに、この話をしてゆくような気がするんだよ、元気で柔道も続けて頑張ってください」と、また握手をした。

健太も、上気した顔で周りを見回し挨拶した。
「少し先の話ですが、卒業直後にマイクさんが迎えに来てくれます、其の時はバタバタして話も出来ないでしょうから、今皆さんにお礼を言っておきます、6年間有難うございました。桧原の養子なりましたが半端なまま、米国に行く事なんか考えて居ませんでしたが、皆さんに可愛がっていただきありがとう御座いました」と、言いながら胸が詰まって泣きそうになった。

校長先生が慌てて
「桧原健太くんはしっかりしているから、この先も心配がいらない人生の様な気がするんだ、6年生12歳で新たな人生が始まるんだなぁ~」と、校長先生も目頭を押さえている。

おんな先生の佐々木さんがエール

健太が校長室から下がろうとすると、女先生の佐々木さんが前に出て
「桧原君の留学を祝してエールを送りたいと思います、

フレーッ フレーッ ヒノハラ フレーッ フレーッ ヒノハラ」と、
応援団長の様に、足を少し開き両手を挙げて、大きな声援をしてくれた!

周りの先生も声を揃え、生徒たちも其の後につづいて声を上げた。佐々木先生は、東京の大学で体育館系の科目を終了したと聞いたことが有ったが、本物だった。

健太は、こらえ切れずに涙を流したが深く礼をして、校長室を下がった

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