「歩くスキー」が温泉街の一大イベント

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子供たちのスキー遊びが大イベントに

養父と祖父も気を遣う

昨日の打ち合わせした内容を、祖父に伝えようと家に行くと養父が祖父とお茶を飲みながら相談していた。健太がメモを見ながら話すと
「おー良くまとまったなあ、千治さん若い人たちのイベントが楽しみですね」
「人が沢山集まるのは大変だが、発起人には責任も出てくるので、大人にも良く頼んで置くんだよ!」

「私は留守番で残り、桧原さんが行かれるので安心だが、全部は見えないだろうから、役員がこまめに動いて、情報を伝えて置くんだよ!」
「そうだね、何か起きれば同行している大人にも責任が出てくるが、唯の遊びじゃないこと勉強するいい機会になるな」

「はい、分かりましたルールと危険ポイントを紙に書いて、みんなで持って前日に確認します、その他に分校の先生にも話して、置きます」
「あっそうだよ、先生が一人エントリしていたが、地元だから大事なことだよ、良いところに気づいたな!俺も知り合いに電話しておくよ!」と養父も何か気づいたらしい。

【初冬のオロフレ街道】

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幹事の注意点は6点になる

友達だけなら即出発だが

①トップは、後ろの進み具合を意識しながら進む。

②中間は、自分の前後に不具合がないか注意。

③ラストは、極端に遅れる人やコースを外れる人がいないかをチェックする。

④連絡は、全体の進み具合を見ながら、後や中間の情報をトップに伝える

⑤峠に近くなるとカーブが多くなるので、間隔を置いてゆっくり登る。不安な人は中間の展望台までにして、上級者が降りてくる迄待つ。

⑥下りはスピードが出過ぎるので、上級者が先行して坂やカーブに待機してチェックしてもらう。

*帰りの注意は、ベテランの人たちと幹事が相談して、決める。

*スタート前に久住さんが挨拶して、ルールと注意項目を伝える。

*大人を代表して桧原の養父が挨拶をお願いする。

養父と祖父に説明し、岩井君の家に行きルールと略図に危険ポイントを書いて、金曜の午後にもう一度集まることにした。今度は打ち合わせは、岩井君の旅館に頼み、久住旅館に行き正広さんと確認して、小野寺さんにも連絡をお願いした。其の足で分校に廻って当直の佐々木先生に話すと

「私も参加して良いの!」と、前向きだ。

「どうぞ、先生が参加してくれると、ココロ強いです」と、言いにくい言葉を並べる。

「健太くんも卒業目前で、急に大人になっちゃって!やっぱりアメリカに行くんだね~」と、複雑な顔をして
「ぜひ参加するよ!」と、力強く右手をあげ、そのまま健太をハグしてくれた。
いつも、大きい女の先生と思っていたが、身長は同じくらいだ。頑丈そうなスポーツ好きの先生だが、意外と体は柔らかく、良い香りがした。ケンタは、少し照れながら

「先生方にも、お伝えください、宜しくお願いします」と、丁寧に礼をして教員室を後にした。普通に滑っても往復2時間も掛からないのだが、「歩くスキー」の集団行動がこんなに大変だとは考えて居なかった。

集まったのはカラフルな老若男女50名くらい!

当初4~5名のスキー遊びが

峠まで、ふざけながらスキーの足慣らしが、当日になって集まった人たちを見て驚いた。50名くらいの老若男女が、カラフルなスキーウエアを着て、まるでお祭りのようだ。何処で話が広がったのか、登別中学校から13名の参加、カルルスの湯治に来ている人たちも10名位は参加していた。

健太たち発起人6名だけでは、運営できそうにないので養父たちと旅館のオーナーに相談して、旅館の番頭さんや従業員から12名ほど応援を貰って、10人づつのグループを編成した。そこへ登別温泉の駐在所から、二人のお巡りさんがジープで到着、養父が気づいて挨拶していた(冬季は、カルルスから壮瞥温泉付近までの区間は通行止めだが、カルルス温泉まで走行可能だから規制が必要なようだ)

分校の佐々木先生が、人の多さに気づきカルルス分校にスキー研修に来ていた、幌別の先生方に声を掛け、心よく8名全員がバックアップするように手配して呉れた。スタッフも充実したところで、隊長の久住さんがルールを説明、養父も続いて
「本来、子どもたちの遊びの予定でしたが、大人が出しゃばってしまい申し訳ない気持ちです。過剰なくらいスタッフが多いですが、幌別の先生方・カルルス温泉の皆さのご協力頂き感謝します。登別温泉からお巡りさんも応援していただきました。シーズン始めですから、道幅が狭い所もありますから、慎重に行きましょう」と挨拶。

久住さんが
「私が先頭で、スタートの声を出しますので、各担当の方はグループをスタートして下さい」「他のスタッフは、予定どおり前後の連絡と分担の位置に付いてください」久住さんは、話し終えるとスーツと滑って、健太の脇でセーブしながら
「健ちゃん、後ろの方は頼んだよっ」と言いながら先頭に滑って行った。

オロフレ街道は、カルルスから先は風倒木の処理も終わり、冬季は車が通らないので安全だが、先ほどのお巡りさんが道路に出て、登別温泉からくる来る車などが居ないか警戒しているようだった。桧原の養父は、元警察官なので公道を使用する地元の行事なので、抜かりなく地元の警察に、届けを出して承諾を得ていたらしい。

積雪は、15~20センチぐらいで最初は適度な高低差で、子供たちも楽に滑っている。この辺までは、緩やかな登りだったが七曲りの下から、くねくねと登坂で峠のお花畑まで続く。バスもセカンドやローギヤまで使う道で、排気ガスをまき散らしながら登っている坂だ。健太の義理の妹小百合が、登り口から切通の展望台下で、養母と一緒に休憩に入った。湯治客の佐々木さんが、
「私が付き添いますので、みんなは進んで下さい」と、言うのでお願いした。
小百合はスキーを外して道路脇の展望台まで登り、ベンチの雪を払って休憩タイム。3人を除いて、全員が1時間半くらいで峠のお花畑に到着、全員が冬支度なので、スキーを外して座ったり、ベンチや防護柵の雪を払って、休憩に入った。

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